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断行

「決めるのは私だ」——外資系企業が敢えてリスクを取る理由と経営判断

黒子の手記

「法的に揉めないだろうか」「訴えられたらどうする」。そんな不安から、つい専門家に「正解」を求めたくなる気持ちは痛いほどわかる。特に日系企業では、どうすべきかの「判断」を含めて、弁護士などの法律家に頼り切ってしまうケースが多い。しかし、法律家に相談してみると、「そこにはこんなリスクがあります」「法的に引っかかるのでダメです」と、できない理由ばかりを教えられることが多いのではないだろうか。法律家は法律を守らせることが仕事である以上、どうしてもストップをかける側に回りがちなのだ。しかし、外資系企業は本当の経営リスクとは、法的な黒星ではなく、決断を先送りして会社の未来を奪うことこそリスクと考える節がある。

外資系企業は、ニュースなどを見ていると比較的簡単に解雇をしているように見えるかもしれない。しかし、彼らも決して馬鹿ではない。優秀な顧問弁護士から徹底的に法的リスクを洗い出させ、十分に情報収集と検討を重ねているはずだ。

それでも彼らは、労務面で限って言えば、敢えてリスクを取って「人員整理」「普通解雇」などを実行に移す。目先の法的リスクよりも、長期的・根本的・多面的な視点に立ったとき、今ここでメスを入れないことの方が、企業にとって致命的なリスクになると判断しているように見える。和・しがらみ・メンツ・評判などの重要度合も低いのだろう。

私自身、この「経営判断」の違いを痛感した苦い経験がある。以前、ある外資系企業の案件で、専門家としての「判断」を交えた助言をしたことがあった。良かれと思ってのことだったが、その外資系企業の担当者からピシャリと言い放たれた。

「それは余計なお世話だ。決めるのは私だ」

彼らは、客観的なリスクさえ教えてもらえれば、あとは経営判断として「リスク含み」で自分たちが決断する、というスタンスを明確に持っていた。専門家はあくまで客観的な事実とリスクの洗い出しを行う存在。そのリスクを天秤にかけ、最終的な責任を背負って決断を下すのがトップの仕事なのだ。この姿勢は、経営判断とは何かを考えさせられるきっかけになった。

もちろん、法律や社会規範をないがしろにするという意味では決してない。法律家の「安全です」というお墨付きを待って、決断を先送りにしすぎる弊害を言っている。経営にはリスクがつきもの。会社を存続させ、成長させるための長期的・根本的・多面的な経営判断を下せるのは、リスクを引き受ける覚悟を持った経営者だけなのだから。

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