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不協和

2メートル以内の距離が、危機を突破する

黒子の手記

ある古参役員との労務トラブル勃発での出来事である。終業後の静まり返った会議室で、ノートパソコンの画面を見つめながら社長は福田と目をあわせない。

社長「もう顔を合わせたくない、会いたくないわ」
福田「それはダメですよ。いますぐ会いに行きましょう」
社長「書面で済ませられないだろうか」
福田「いや会いましょう。新幹線で2時間ちょっとです」
社長「オンライン面談にしようか」
福田「いや、こんなときこそ行くことに意味があります。接近戦が必要です」

その心情は痛いほどよく理解できる。経営の最前線で指揮を執っていれば、理不尽に怒り狂う社員や、派閥争いを繰り返すそりの合わない管理職、休職の手続きで意味不明な診断書を突きつけてくる主治医、あるいは株式を握り続け、売ってくれない仲の悪い親戚など、一筋縄ではいかない相手と対峙しなければならない場面が必ず訪れる。人間である以上、トラブルになった相手や苦手な人物からは、本能的に逃げたくなるものである。

しかし、「効率化」や「合理性」を隠れ蓑にした「逃げの距離感」こそが、組織の問題をより深く、複雑に泥沼化させる最大の原因である。

現代は電話でさえ非効率といわれ、オンラインツールやチャットツールが普及し、どこにいても画面越しに瞬時に連絡が取れる便利な時代である。だが、組織の歪みが表面化し、既存のルールでは抑えきれない「不協和」の局面において、無機質な画面越しのやり取りや、文面だけの冷たい通達で、こじれた関係が修復した試しがあるだろうか。

かつて、日経新聞の『私の履歴書』で、JR九州の相談役 唐地恒二氏が連載しておられた際に、「2メートル以内は心が通う」という趣旨の記載があった。唐地氏も、若き日の国鉄職員時代にトラブルに遭遇し、逃げずに当事者の自宅に突撃して危機をまぬかれたエピードを語っておられた。これは決して単なる精神論ではなく、労務問題の解決や日々の労務管理の根幹に通じる極めて重要な真理である。

営業が取引先から大クレームをもらった場合、馳せ参じ、すり寄りお詫びをするだろう。そのセンスが労務面でも必要なのだ。人は「論理的な正しさ」だけでは決して納得しない。相手の息遣いが直接聞こえる空間、つまり「2メートルの内側」というパーソナルスペースに踏み込んで初めて、相手の分厚い心の壁が揺らぎ、感情のしこりが溶け始めるのである。

だからこそ、危機突破のカギは「あえて足を使うこと」にある。

相手が頑なに心を閉ざしているときこそ、便利なオンライン画面を閉じ、あえて直接相手の営業所へ出向く。時には自宅へ足を運ぶ、本人同意で主治医に会いに行く泥臭さが必要だ。きれいな仕組み、理屈理論をいかに精緻に整えようとも、最後にそれを機能させるのは、人と人との生々しい繋がりであり、へとへとになるぶつかり合いなのだ。

相手との本当の距離を測り誤ってはならない。解決への扉は、いつだって「2メートル以内」の距離に存在しているのかもしれない。

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