「創業の事業」と「180人の雇用」、社長はどちらを守るのか
「どうしても、あの事業だけは残したいんです。社員の雇用を守るためにも……」
社長室のソファで、彼は深くため息をつきながらそうこぼす。
社員数180名を抱えるその会社は、もともと卸売販売業からスタートし、創業70年を迎える。現在もその創業の原点である「A事業」には約60名の社員が在籍している。しかし、扱う商品はどこでも買える最寄り品。差別化が難しく、泥沼の価格競争に陥っていた。
かつて「社長のところから買うよ」と言ってくれた長年の取引先も、キーマンの高齢化や引退によって徐々に疎遠になりつつある。これまでは他2つの事業が利益を出し、なんとか会社全体の赤字を免れていた。しかし本年、ついに全体の営業利益がマイナスに転落。さらに来年に向けて、この赤字幅は拡大する見通しとなってしまったのだ。
テコ入れ策を練り、なんとか配置転換を模索しても、A事業の抜本的な再建には最低でも40人以上の人員整理が避けられない状況だった。
「ここは会社の原点なんだ。長年貢献してくれた社員もいる。それに、地域でのメンツもある……」
社長が踏み切れない気持ちは、痛いほどよくわかる。苦楽を共にしてきた社員に「辞めてくれ」と告げることなど、誰だってやりたくない。
しかし、そうやって決断を先延ばしにしている間に、最悪の事態が起きた。会社の屋台骨であったはずのB事業で、メインユーザーが離反してしまったのだ。2年後にはB事業でも大幅な赤字が見込まれ、ついに「会社存続の危機」という崖っぷちに立たされてしまったのである。
決断を先送りすればするほど、会社はさらに追い詰められ、意思決定の幅は確実に狭まっていく。痛みを避けようと時間をかけた結果、いざという時に打てる手立てがなくなり、最終的により多くの血を流す残酷な選択を迫られることになるのだ。
「過去の功労と地域の目を守ろうとした優しさが、結果として全社員180名とその家族の明日を奪おうとしている。
競争力のない事業から撤退し、人員を整理する。これは経営において、最も痛みを伴う「断行」である。
特に創業事業ともなれば、社長自身のアイデンティティを削り取るような苦しみがあるだろう。しかし、経営者の本当の使命は、過去の歴史を綺麗に残すことではない。今いる社員と、その家族の「明日」を守り抜くことだ。
40名の人員整理は、たしかに身を切る思いがする。だが、ここでメスを入れなければ、残りの140名の雇用すら守れなくなってしまう。
痛みを伴う改革を行うとき、中途半端な温情や先延ばしは、かえって全員を不幸にする。必要なのは、対象となる社員に誠心誠意向き合うこと。そして、去り行く人には最大限の報い(特別退職金や再就職支援等)、残る人には新たな希望を持てるような人事・給与の仕組みを再構築し、逃げずに実行し切る覚悟である。
ここで問われるのは、単なるコストカットではない。会社の未来を見据え、残された社員たちが再び前を向いて走れるような組織の「血流」を整えることだ。人事と給与という生々しい部分にメスを入れ、会社の体質を根本から変えなければ、真の再生はあり得ない。