評価制度を変えたい後継者と、手放さない社長。
「親父(社長)は75歳くらいで退くとは言っているが、本当にその気があるのか……。賞与の額は今でも社長の胸先三寸。人事評価権限を現場の役員や部長に完全に渡さないから、いつまで経ってもマネジメント層の意識が育たない」
社員250名を抱える広告業の取締役(38歳・後継者)の嘆き。後継者は某有名国立大学卒業後、超有名コンサルタント会社を経て、10年前に後継者候補として入社した有能な人物である。
彼は、現在の「社長の裁量が大きすぎる人事」に強い危機感を抱いている。基本給の昇給額に大きな差はなく、社長と役員の議論による昇進・昇格でのみ差をつけている現状。このままでは、自分が会社を引き継いだ時に組織が自律的に回らなくなるからだ。
しかし、彼は同時に、現社長(72歳)の言い分も痛いほど理解している。
世間で流行っている『成果主義』や『ジョブ型』の評価制度を安易に導入すれば、親父が長年積み上げてきたものが崩れ、社員の納得性や求心力を失うことは目に見えている。
社長の圧倒的なカリスマ性で引っ張ってきた組織から、次の世代へ。
一般的な人事コンサルタントが持ち込むような「形にはまったアプローチ」ではなく、自社固有の処方箋が欲しい。彼の言葉には、会社と社員を深く愛するからこその悩みが滲んでいた。
ここで起きている問題の本質は、一体何か。評価基準が曖昧なことや、制度が古いことではない。それは、「『制度の欠陥』ではなく、『経営権(人事・評価権)のバトンパスの難しさ』」である。
事業承継において、創業者や長期政権のトップが持つ「評価権」は、単なる人事の権限ではない。それは社員一人ひとりへの愛情であり、長年会社を必死に守ってきたプライドそのものである。だからこそ、そう簡単に他人に渡すことはできない。頭では「いつか譲らなければ」と分かっていても、感情がブレーキをかけるのだ。
一方で後継者は、自分がトップに立った時、現社長と全く同じカリスマ性で250名もの社員を束ねることは不可能だと自覚している。だからこそ、一部のトップに頼る属人的な経営から脱却し、部長や役員がしっかりと部下を評価し、人を育てる「組織としての布陣」を整えたいと願う。これは、会社を存続させるための健全な危機感に他ならない。
この不協和を解消し、スムーズな事業承継を進めるために必要なのは、最新のトレンドを詰め込んだ美しいマニュアルではない。今の社長が大切にしてきた「評価の根っこ(=何を良しとし、何を悪しとするか)」を丁寧に言語化し、幹部で共有しながら人事権や評価方法の意思統一を着実に図る。その過程で少しずつ現場の幹部たちへ移植し、解像度をあげていくプロセスである。
急激に「制度」を変えるのではなく、まずは役員や部長たちに「社長ならどう評価するか」「我が社らしさ」を考え、すり合わせる場を作る。そして、現社長にはその成長プロセスを見守る「壁打ち相手」に回ってもらう。そうやって、数年という時間をかけて評価のバトンを渡していく、自社に合わせた処方箋が必要なのだ。