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承継

親父の「鉛筆ナメナメ」には、数百万円の制度を超える哲学・実務がある

黒子の手記

「親父に『アホか、会社がおかしくなるぞ!』と一蹴されたんです…」

社員200名を抱える地元で有名な製造業の次期社長である専務は、深くため息をついた。

彼は最近、ダイレクトメールで知った有名な賃金コンサルタント会社の1日セミナーに参加し、目を輝かせて帰ってきた。明確な等級号俸表を作り、SABCDの評価基準を明確にして本人にフィードバックする。社員が10年、20年先の賃金まで計算できるようにするのが正しいマネジメントであり、若手の採用、定着にはこれしかないと。

現在、給与の決定権は社長である父親が一人で握っている。毎年決算期になると社長室にこもり、社員名簿を眺めながらの「鉛筆ナメナメ」で給与を決めているのだ。

「そんな属人的などんぶり勘定では、これからの若手はついてこない」

意気揚々と正論をぶつけた専務に対し、父親は鼻で笑ってこう返した。

「俺も昔、実は500~600万円かけて、その全く同じコンサルタント会社の指導を受けたことがある。まだやってるんだな・・。でもな、1年やってすぐやめたよ。ほら、〇〇製作所さん知ってるだろ。そこも同時に指導を受けていたがあそこは3年程度は続いたかな(やめたけど)」

専務は度肝を抜かれた。親父もかつて自分と同じように制度化に挑み、そして自らそれを捨てていたのだ。経営体制が大きく変わる「承継」の時期だからこそ直面する、親子の葛藤である。

なぜ、社長はせっかく高いお金を払って作った制度を捨てたのか。ここには、中小企業における組織づくりの深い本質が隠されている。

精緻なランク付け評価は、中小企業においては百害あって一利なしである。コンサルタントが作る制度は合理的だ。しかし、考えてみてほしい。社長や上司から「あなたはB評価だ」「お前はC評価だ」と明確に言い渡されて、一体誰が「よし、明日からもっと頑張ろう!」と奮起するだろうか。みんな自分の評価は3割増しなのだ。

予定調和で運営ができる等級号俸制度というのは公務員発想の制度なのだ。環境変化の激しい、経営基盤の弱い中小企業に合わないのだ。

また、そもそも、大企業のように客観的かつ公平に部下を評価できる管理職が、中小企業にどれだけ育っているだろうか。評価の訓練を受けていない現場のリーダーにSABCDのレッテル貼りを任せ、フィードバックさせること自体に、無理があるのだ。

父親の「鉛筆ナメナメ」には、評価シートの枠には収まらない現場の泥臭いドラマや、社員への温かい眼差しがすべて詰まっていたはずだ。

中小企業が本来やるべきことは、細かな評価制度の運用ではない。まず、世間の賃金の標準ライン(相場)をしっかりと押さえること。人出不足の時代だ。初任給負けしないように、そして在職者の賃金を引き上げることこそ急務である。その過程で、例えば若干低い給与で入社した中途採用の社員であっても、現場で目覚ましい働きを見せたなら、一気に2万円でも3万円でも昇給させてやればいいのだ。

「よくやったな!期待しているぞ」と、ドンと給与に報いる。どの社員も辞めてもらったら困る状況、社員の強みを見つけ、活かすほかないのである。この血の通ったダイナミズムこそが、中小企業の最大の魅力であり、強みなのだ。この柔軟で人間臭い決断ができないようでは、中小企業の経営など到底務まらない。

とはいえ、社員200名の所帯ともなれば、いつまでも社長一人の頭の中だけで給与を決めるわけにもいかない。事業承継の壁にぶつかり、途方に暮れた専務は私のところにやってきてこう言った。

「福田先生、どうしたらいいでしょうか。うちにも『福田式』の賃金制度を入れてもらえませんか」

私は首を横に振って、こう答えた。

「そんな決まった『型』なんてないですよ。他社の成功事例をそのまま当てはめても、お父さんが長年かけて培ってきた会社の血脈には合いません。」

「本やセミナーの一般論はまず捨てるべきです。そこに正解はない。あなたの社長の考え方・やり方、大半が正しい。それを学び、あなたの問題意識・課題解決を加えることだ。貴社は給与・賞与も高い。すぐ辞める若手はいるが、昨今の大手企業と同様の離職率です」

次世代のリーダーが学ぶべきは、外部の立派な箱(制度)を自社に押し込むことではない。父親が長年の「鉛筆ナメナメ」の中で、何を大切にし、どんな行動を評価してきたのか。その「親父の哲学」を自社のDNAとして言語化し、自社に合ったやり方へと昇華させることである。

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