真面目な兄と、華やかな弟。会社を二分する兄弟トラブルの行方
「先生、兄弟経営でうまくいっているとこあるんですか?」
「もちろんありますよ。私のクライアントの大半はうまくいっています」
と申しあげると、「信じられない」という天を見上げたS社長。
S社は兄弟経営を行っている。社長(兄)と専務(弟)である。普通にやっていれば儲かる体質にあるニッチな分野の製造卸売業である。しかし、ここ数年、経常利益は2~3%に低迷していた。はっきりいって兄弟でうまくいっていない。
「専務の決裁はいただいています。なぜ社長が今さら止めるのですか」
会議室で営業部長が放った一言に、場は凍りついた。
実直で堅実な経営を志向する兄(S社長)と、派手な遊び人タイプだが社交的で弁が立つ弟(専務)。持ち味の違う二人の対立は、社員数が50名を超えたいま、完全な「不協和」として組織に鳴り響いている。
社内ではいつの間にか「S社長派」と「専務派」が形成されていた。堅実な管理・製造部門は社長につき、イケイケの営業部門は専務を担ぐ。両派閥の対立は日常茶飯事だ。S社長が全社的な●●についてコスト削減のための廃止の通達を出せば、専務派の営業部が「現場を知らない」と反発し、独自の主張や経費の使い方を正当化する。社内チャットをこっそりモニタリングすると、互いの派閥の陰口が囁かれ、同じ会社とは思えないくらいの誹謗中傷のオンパレード。どちらにつくべきか踏み絵を迫られる空気に嫌気をさした優秀な中堅・若手は「この会社の将来がみえない」と退職していく。
組織の歪みが完全に表面化し、もはや「家族の情」や「暗黙の了解」といった既存のルールでは到底抑えきれない状態に陥っているのだ。
さらに厄介なのは、この対立が家族のしがらみと直結していることだ。兄弟の妻同士も極めて不仲であり、親族の集まりは常に冷戦状態。他の親族も株を保有している。「株主総会」はまるで親族間のケンカのようだった。
息苦しい社内政治、兄弟間の確執、そして時限爆弾のような株式の相続問題。なぜ、ここまで事態はこじれてしまったのか。
原因の本質は、決して「兄弟の性格の不一致」ではない。
情と経営の境界線が曖昧なまま、資本と権限の「統治システム」が機能不全に陥っていることだ。
これこそが、組織に修復不能な不協和を生み出している正体である。
多くの中小企業において、兄弟経営は「阿吽の呼吸」という奇跡的なバランスの上で成り立っている。しかし、ひとたびその均衡が崩れ、社員を巻き込むほどの歪みが表面化したとき、それを「家族の話し合い」や「兄弟の絆」といった精神論で抑え込むことは不可能だ。
今必要なのは、家族、兄弟の「情」で回ってきた家業から、「資本の論理」と「統治システム」を備えた企業へと、組織のルールを根本から再構築することである。
まず着手すべきは、組織における「役割」と「権限」の厳格な切り分けだ。どちらの部門を誰が統括し、どこまでの決裁権を持つのか。最終的な意思決定のプロセスを明文化し、属人的な派閥争いが入り込む余地をなくすためのガバナンスを敷く。機能しなくなった既存の制度を壊し、不協和を鎮めるための新たな秩序を構築するのだ。
そして最大の懸案である、株式(=会社の支配権)の行方だ。母は「兄弟で半分ずつ」という訳のわからないことを言い始めている。資本の論理に照らせば、それは会社の死を意味する。経営の決定権を担保するため、持ち株比率の調整など、統治の根幹を整えることが急務となる。
性格を変えることはできない。家族・親族の過去の確執を消し去ることもできない。しかし、資本の論理に基づき、不協和を断ち切るための統治システムを作り直すことは、ブレインの協力とトップの決断次第で必ず実行できる。
血の繋がりは変えられない。だからこそ、冷徹なまでに仕組みで線を引く覚悟が会社を守る。