MENU
承継

正論だけでは超えられない壁。事業承継が頓挫するある理由

黒子の手記

社長「先生、もう限界やったわ。あいつを臨時株主総会で解任してん」

福田「・・・。次、誰に継がせるんですか」

社長「優秀な役員は複数いるわ、親族以外が社長や役員になれるような制度提案してよ、社員を社長に添える分社経営とかあるやん?」

福田「これでいいんですか」

社長「いいよ、株もまだ渡していないし、あいつの嫁も気に入らんねん」

福田「しゃちょう・・・」

社長室の重厚なソファに深く腰を掛け、75歳の社長は淡々会話した。社員500名、パート社員1200名を抱える超優良企業。私も若い頃から大変お世話なり、一代でこの業容を築き上げた敏腕カリスマ社長。その背中が、今日ばかりは少し小さく、そして寂しげに見えた。

解任されたのは、常務取締役である40歳の息子である。高学歴(MBA保有)で人当たりも良く、見栄えもいい。銀行や長年の取引先も、当然彼が次期社長になるものだと信じて疑っていなかった。

しかし、社長室の重い扉の向こうでは、毎日のように激しい親子喧嘩が繰り広げられていたのだ。

息子の口から出るのは、コンサルタントのセミナーや最新の経営理論やデータに基づいた、いわゆる「正論」だ。無駄を省き、効率を求める彼の意見は、決して間違っていない。しかし、社長には長年培ってきた大局的な判断基準があり、理屈だけでは語れない企業の歴史や、泥臭い人間模様の「物語」を背負っている。

「親父のやり方ではもう通用しない。こんな状態なら、僕は会社を辞める」

息子がそう言い放ち、そのたびに番頭である専務が間に入って必死に慰留する。そんな危うい綱渡りのような日常が続いていた。しかし、あるプロジェクトをめぐる対立が引き金となり、ついに社長は苦渋の決断を下した。法的にも正式に、実の息子を役員から解任したのである。

誰もが羨むような優秀な後継者がいて、なぜこの事業承継は頓挫してしまったのか。

問題の本質は、「正論」のぶつかり合いではなく、後継者側の「親への感謝と寛容の欠如」にある。

経営体制が大きく変わるとき、すなわち「承継」のプロセスにおいて、どれほど息子の意見が論理的で正しかったとしても、創業者である父親が一代で築き上げた会社の重みや歴史は、簡単に理屈やデータで上書きできるものではない。カリスマと呼ばれる創業者からバトンを受け継ぐには、最新の経営スキル以上に、大きな「心の器」が求められるのだ。

それは、親父をある種の神様のように、また経営の師匠として敬い、これまで育ててくれたことへの深い感謝の念を持つこと。そして、時には時代遅れに思えるような理不尽な言葉や支離滅裂な言葉をぶつけられたとしても、「親父の言うことだから仕方がない、しょうがないな」と、大きな心で受け止める寛容さである。

正論で親父を論破し、打ち負かすことでスムーズな世代交代が進むことは決してない。むしろ、創業者が抱える孤独や不安、これまでの険しい道のりを丸ごと肯定し、包み込んであげるような度量が後継者側には必要なのだ。

もちろん、これは息子だけを責める話ではない。経営体制が大きく変わる「承継」の時期には、双方の思いが空回りし、組織全体に不協和音をもたらすことが少なくない。

もし今、後継者とのやり取りに少しでも行き詰まりや寂しさを感じているなら、一度立ち止まって、お互いの言葉の奥にある「感情」に目を向けてみてほしい。制度や理屈を整える前に、まずは絡まった感情の糸をそっとほどくこと、理不尽を飲み込む寛容さこそが最大の敬意であり、次の時代を創る第一歩なのだ。

目次