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布陣

人事評価制度を過信し、幹部への権限委譲・育成・処遇を怠った

黒子の手記

従業員数約150名、年商20億円の中堅機械メーカーY社における事の発端は、社長が業績の停滞と若手社員の離職を「制度の力」で解決しようとしたことであった。

転職が当たり前となった現代において、一般社員が流動的に入れ替わるのはある種避けられない現実である。しかし社長は、「公平な評価の仕組みさえあれば、社員は定着し組織は自律的に回るはずだ」と思い込み、高額なコンサルタントを入れて精緻な人事評価制度の構築に走った。内容は、目標管理制度とコンピテンシー行動評価を組み合わせたもので、点数が給与のアップダウンに結びつくロジカルなものであった。

組織の要となる「ライン長」の役割や権限すら不明瞭なまま、形ばかりの評価制度作りに時間とコストをかけたこと。これが、Y社の成長を止める最初の、そして最大のボタンの掛け違いであった。

制度の導入に伴い、Y社でも「製造」「営業」「管理」の主要3部門にそれぞれトップ(担当役員)が置かれることになった。全員40代前半であった。しかし、社長は彼らに対する「徹底的な権限委譲」を怠った。

実質的な決裁権、予算の使い道、そして最終的な人事権はすべて社長が握ったままであり、現場の幹部たちは単なる「社長の意向を部下に伝える伝書鳩」に過ぎなかった。部下から現場の改善提案や評価に対する不満が出ても、幹部は「社長に確認する」としか言えず、組織を牽引するライン長としての機能は完全に麻痺していた。このような状態で、幹部陣は人事評価制度への情熱も失せて至った。

社長は、「役員らしい仕事をしてはじめて報いる」という建前に縛られ、彼らの年収を600〜700万円程度に据え置いた。権限がないため自らの裁量で業績を大きく跳ねさせることもできず、そのうえ責任ばかりが重い。結果として、「この会社ではこれ以上の成長も報酬も望めない」と見切りをつけた優秀な人材から順に、他社へと流出していった。本来であれば、先行して待遇を用意してでも繋ぎ止め、育成すべきキーマンたちを自ら手放してしまったのである。

製造・営業・管理の中核となるべき3名の幹部が定着せず、役割も曖昧な組織において、その下の課長クラス(2〜3名)に適切な権限が降りていくはずもなかった。

「社長から幹部へ、幹部から部課長へ」という権限委譲の連鎖が機能すれば、年商100億円規模までは十分に到達できるはずだった。しかしY社に残されたのは、社長の顔色ばかりを伺うイエスマンの管理職たちと、誰が本当の評価者なのか分からない複雑な人事評価シートの記入に疲弊する一般社員たちだけであった。

現在、Y社の業績は完全に頭打ちとなり、皮肉にも人事制度導入前よりも組織の活力は失われている。Y社の失敗は、中小企業が陥りがちな典型的な過ちを示している。それは、「人事制度などの仕組みづくり」を「幹部の育成と権限委譲」よりも優先してしまったことだ。

中小企業の業績の鍵を握るのは、あくまで「幹部の質と量」である。社員の定着をシステムに頼る前に、まずは製造・営業・管理に1名ずつ、社長と直結する強力な幹部を育成しその人物たちと一枚岩にならなければならない。彼らに相応の報酬(最低1,000万円以上)を約束し、徹底的に権限を委譲する。そして、その幹部から下の課長クラスへ権限を下ろしていく。この「ライン長の役割権限の明確化」こそが、いかなる施策よりも優先されるべき絶対条件なのである

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