MENU
布陣

若手とパートの賃上げ原資はどこに? 経営者が下すべき「65歳の決断」

黒子の手記

「若手社員の給与を上げないと引き抜きに遭う。パートの時給も世間の相場に合わせて上げざるを得ない。だが、そのための原資は一体どこから捻出すればいいのか・・・」

ひっそりと静まった社長室。AIでいくら試算しても、カネが足りない。深くため息をつく社長の姿。採用市場は売り手市場が続き、初任給やベースアップの競争は激化するばかり。業績を維持しながら社員の処遇をどう改善していくか。円安、材料・資材価格、エネルギー価格高騰もあいまって、もう多くの中小企業は「限界」に近づきつつある。

この難局を乗り切るためのアプローチはどこにあるのか。 その一つに「若手の原資を生み出すために、65歳以降の賃金設計を抜本的に見直すこと」がある。

長年会社に貢献してくれたベテラン社員の給与を下げることには、当然ためらいがあるだろう。しかし、65歳を一つの区切りとして、感情論ではなく冷徹な数字の事実に向き合う必要がある。

65歳になれば、老齢基礎年金と老齢厚生年金が満額支給される。その合計額は、一般的な会社員でおおよそ年間180万円程度になる。ここに大きなヒントがある。 たとえば、これまで年収500万円で第一線の戦力として活躍してくれた社員であっても、65歳以降はたとえば年収300万円(60%)に落とすという決断が成り立つのである。給与が下がれば、それに連動して、本人と会社が負担する社会保険料も大きく削減される。結果として、年金180万円と給与300万円、そして社会保険料の減少分を加味すれば、本人の手取りベースでの生活水準は十分に維持できる可能性が高い。

申し訳ない言い方だが、65歳になってからハローワークに並んで求職活動をし、今の会社と同等かそれ以上の条件で再就職が成功する確率は極めて低い。だからこそ、会社に残ってマイペースで働き続けられる道、慣れた環境、慣れた仕事を用意すること自体が、実は十分な報いとなるのである。

制度設計の重要なポイントは、「65歳になれば、たとえ戦力として頑張っていただいていても、賞与なしの月額25万円(年収300万円)になる」という事実を、社員が60代前半の段階で確実に予見させておくことだ。早い段階で、将来の収入イメージと年金の仕組みを共有しておけば、社員も納得してライフプランを描くことができる。そして、その新たな条件のもと、希望する社員については1年単位の契約更新で70歳まで雇用できる仕組みを整えるのである。

一方で、給与のみで生活を支え、これから結婚、住居購入、子育てでお金がかかる若手世代には、そのようなセーフティネットはない。この世代は今むちゃくちゃ生活が苦しい。だからこそ、シニア層の給与を合理的な水準へと再設計し、そこで生み出された原資を、未来を担う若手や現場の最前線を支えるパートタイマーに全額振り向けるのだ。

「同じ仕事をしているのにそんなに給与を下げるのは、同一労働同一賃金に違反する」という社労士さんの指導があるかもしれない。しかし、私見だが、「定年退職後の継続雇用であること」、「老齢年金の支給を満額受けられること」「昨今60歳時点でそれほど給与が下がっていないこと」などを勘案すると、60歳付近で最高額の賃金となる日本型雇用システムにおいて、65歳時点で待遇差を設けることはパート有期法上の「その他の事情」という合理的な理由として認められ得ると考える。

限られた原資を誰に、どう配分するか。 それは単なる数字合わせの制度変更ではなく、「会社がどのような未来を創りたいのか」という、経営者の意志の表明に他ならない。

目次