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布陣

令和の賃上げはその「一律ベア」をやめなさい

黒子の手記

(1)ベアとは何か?

社長「先生、ベースアップって一律にするもんじゃないんですか?」

福田「そもそもベースアップをする義務はありませんけどね」

社長「でも、それなら人は辞めてしまいませんか」

福田「賃上げは必要です。でも一律に●千円ベアなどはやる必要がないということです。中小企業は若手、優秀層、採用困難職種に多めの昇給をすればいいだけです」

社長「そうなんですね。私はベースアップは一律にやらないといけない規制があると思っていました!」

これは立派な会社の若き社長との実際の会話です。

「ベア」という用語は、日本特有の精緻な「賃金表」が存在することを前提とした上で、労働組合が要求の焦点をぼやかされないために生み出し、定着させた「交渉の枠組み」であると考察する。日々、労働の上部団体の言動、団体交渉、労組介入と向き合っているとその本質・匂いが伝わってくる。皆さんには釈迦に説法だが、定期昇給(定昇)とは、 既存の「賃金表(賃金カーブ)」の中で、年齢や勤続年数、評価によって階段を上るように給与が上がる仕組みである。一方、ベースアップ(ベア)とは「賃金表」そのものを上へスライド(書き換え)させ、全体の賃金水準(ベース)を底上げする仕組みのことだ。

労働組合が「ベア」という概念を切り離し、交渉の最大の焦点にする必要があったのには、以下のような切実な理由があったのだと推察する。

1. 経営側の「言い逃れ」を防ぐため

もし単に「賃上げ」という曖昧な言葉で交渉してしまうと、経営側は「今年は定昇分で2%給与が上がっているから、十分賃上げはしている」と主張できてしまう。しかし、定昇はあくまで既存ルールの範囲内での個人の予定通りの賃金アップに過ぎず、物価高騰による実質賃金の目減りや、生活水準の向上には対応できない。

2. 会社全体の「賃金水準」を引き上げるため

定昇が維持されているだけでも個人の給料は上がるが、定年退職者と新入社員が循環し続ける限り、会社全体が支払う総人件費(世代ごとの賃金水準)は変わらない。これを労働組合側の論者は「エスカレーター理論」と名付けた。エスカレーターに1人のって(新卒)、上階(定年)で1人降りるように、人件費の総額は変わらないという理屈である。全体の水準を根本から引き上げるには、賃金表そのものを改定する「ベア」を明確に要求し、「定昇は当たり前(維持)、その上でベアをいくら獲得するか」という構図に持ち込む必要があった。

(2)一律ベアはもう古い

もっとも、令和の賃上げは、昭和の「拡大するパイの分配」とは全く異なる、「会社を存続させるための防衛的・戦略的投資」である。過去のインフレ期、特に高度経済成長期からオイルショック期にかけてはどうだったか。当時は経済全体が成長する「需要牽引(ディマンド・プル)」の時代であり、若年労働力も豊富であった。1974年の狂乱物価時には、30%を超えるベアが実現したが、それは「拡大した利益をどう分配するか」「労働組合の生活防衛要求にどう応えるか」という文脈であった。作れば売れる時代においては、上がった人件費を製品価格に転嫁するサイクルが自然に回っていたのである。

しかし、現代の「令和のインフレ」は前提条件が決定的に違う。円安や原材料高による「コストプッシュ型」で始まり、企業の利益が自然に増えない状態からスタートしている。さらに、少子高齢化により生産年齢人口は激減し、構造的な人手不足が重なっているのだ。中小企業白書の2026年のテーマ「労働供給制約社会」への対応が喫緊の課題なのだ。賃金表は作らない、一律ベアはしない。

(3)賃上げなくして経営なし

私は賃上げを否定しているのではない。逆だ。これからは、賃上げなくして経営はないのだ。業績が上がらなければ昇給は不要という論調もデフレ時代の名残であり、もう古いのだ。30年続いたデフレの呪縛により、「値上げ=悪」「コストカットこそが優秀な経営」という成功体験が染み付いている経営者は多い。だが、その感覚のまま、「業績が上がらないから昇給を抑制する」「今年は昇給を停止する」と立ち止まればどうなるか。単なるモチベーション低下にとどまらず、即座に他社へ転職され、補充もできずに「人手不足倒産」へと直結してしまう。求人を出しても代替要員はサッパリ採れないことはもう身に染みている。もはや賃上げは事後配分ではなく、事業を回すための必須の存続コストの出発点へと性質を変えたのだ。

このパラダイムシフトを前に、社長は思考順序を完全に逆転させる必要がある。「利益が出たから配分する」という発想を捨て、「存続コストとしての賃上げを起点に、いかに商品・サービスの価格と価値を、事業を再設計するか」へと舵を切らなければならない。

また、ジョブ型雇用の広がりや転職市場の成熟により、人材流動化が進む現在、昭和のような「全員一律のベア」は限界を迎えている。どの職種の、どの優秀な人材に投資して付加価値を生み出すかという、メリハリのある戦略的なポートフォリオの発想が必要不可欠である。売上が上がったら昇給する、という順番を守っていては、昇給する前に人が辞め、売上を立てる体制すら維持できなくなる。賃上げという痛みを引き受け、1人当たりの付加価値を高めるべく積極的に打って出る経営を行う。二極化の時代、事業活動とはまさに戦いなのだ。

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