1人の問題社員による支店閉鎖の危機
「先生、もう、北九州支店は閉鎖したほうがいいですわ……」と半ば冗談交じりに、しかし、深刻な面持ちで人事担当取締役がため息をついた。全国に支店を持つ社員1200名規模の上場企業、設備機器販売のK社での出来事である。
かつては活気のあった北九州支店の業績が悪化の一途をたどり、営業マンや技術者は支店に寄り付かなくなり、事務スタッフは次々と辞めていくか、適応障害の診断書を出して休職に追い込まれていた。
原因は、たった1人の女性事務員、Yさんであった。
彼女に仕事を頼むと「なぜこの仕事を私がやらないといけないのか」と上司や同僚に執拗に説明を求める。上司が少しでもきつい言い方で注意すれば「ハラスメントだ」「労働局にいく」と詰め寄る。毎月のように会社のハラスメント相談窓口に申告し、度々、ハラスメント調査・上司等の処分について「納得のいく説明」を執拗に求めた。労働基準法にはめっぽう強く、長期の有給休暇の取得について少しでも自分の思い通りにならないと「労基法違反だ」と上司にうるさく詰め寄り、関係者に一斉メールを送りつけることもあった。
まさに職場の空気を支配し、チームを崩壊させる「モンスター社員」である。人事担当取締役でさえ「いっそ支店ごと潰すか」と頭を抱えるほど、事態は極限まで悪化していたのだ。
なぜ、ここまで問題がこじれてしまったのだろうか。
「波風を立てたくないという現場の『事なかれ主義』が、組織を大手術が必要な状態まで腐敗させる」
これが、この問題の本質である。北九州支店では、上司である支店長などがおよそ3年おきに転勤する。誰もが「自分の赴任期間中だけは厄介なトラブルを起こしたくない」と考え、厳しい指導、パワハラと言われることから逃げてしまっていたのだ。腫れ物に触るような対応が彼女を増長させ、気づけば日常のマネジメントでは到底抑えきれない状態になっていた。
もはや絆創膏を貼るような対処では手遅れである。「不採算となった支店ごと閉鎖する」という究極の痛みを受け入れるか、それとも「多大な労力と摩擦を覚悟で、問題の根源と正面から戦う」という痛みを受け入れるか。まさに、不採算整理など痛みを伴う改革が必要な「断行」が迫られる局面であった。
支店閉鎖の危機がちらつくギリギリの状況で、ついに経営陣は覚悟を決めた。安易な閉鎖に逃げず、労働契約の本旨に立ち返って彼女と徹底的に向き合う「断行」に踏み切ったのである。
会社は仲良しクラブではない。給与を受け取る以上、求められた業務を遂行する義務がある。ダメなものはダメ、やるべきことはやる。一つひとつの事実に対して、毅然とした態度で、是々非々で「対峙」を続けた。
このプロセスは、会社にとっても現場にとっても、とてもストレスがかかり、めんどうで痛みを伴うものだった。反発や更なるトラブルのリスクを背負いながらも一歩も引かない。大企業であれ中小企業であれ、組織の膿を出し切るためには、「逃げない覚悟」が問われるのである。
会社が本気で規律を取り戻そうと決意を貫いた結果、およそ4か月後、最終的にYさんは自ら退職という道を選んだ。
その後、北九州支店はどうなったか。どん底だった業績は、見事なV字回復を果たした。痛みを乗り越え、職場の空気が完全に浄化されたことで、残った社員たちが安心して仕事に打ち込めるようになったからである。上司からの働きかけで「Yさんがいないなら・・」と、戻ってきた社員もいたくらいだ。
たった1人の問題社員が、いかにチームの生産性を奪い、組織を壊していくか。そして、どれほどの痛みを伴おうとも、正しい姿を取り戻すために「断行」することがいかに大切か。
組織の病魔は、自然に消えることはない。見て見ぬふりをやめ、経営者が大手術の痛みを引き受ける覚悟を決めたその瞬間から、会社は必ず本来の強さを取り戻せるのである