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不協和

「人を大切にする」という呪縛。組織を不幸にする不協和

黒子の手記

社長「先生、大変な事になりました」

福田「どうされました」

社長「今からおうかがいしたいのですが・・」

福田「ひょっとして例のT君?」

社長「実はそうです」

「うちは『人を大切にする経営』を掲げている。だから、どんな社員でも見捨てるわけにはいかなかったんです。解雇はだせないんです」

社員150名を抱える建設関連業のX社長は、苦悩の表情でそう語った。しかし、その美しい理念の裏側で、組織の歪みは限界に達し、不気味な軋み声を上げていたのである。

事の発端は、新卒社員T君の入社であった。

T君には、社会人としての基礎的な理解力や記憶力が決定的に欠けていた。何度指導しても、昨日教えたことすら今日にはリセットされてしまう。特に建設関連業という安全が絶対視される現場において、基本的な安全ルールすら覚えられないことは致命傷である。

現場の先輩たちは必死に教え込んだが、状況は全く改善しない。結果としてT君は社内のあらゆる部署を盥回しにされ、ついには任せられる仕事が完全に底をついた。

深刻なのはT君本人の問題だけではない。彼の指導を押し付けられた心優しい社員たちが、「自分の教え方が悪いのではないか」「いつか重大な事故が起きるのではないか」という極度のプレッシャーから、メンタル不全に陥っていったのだ。しかし、社長の方針の通り、最後のチャンスを与えようと頑張ってみたのだ。

X社長は「人を大切にする」という理念に縛られ、有効な手を打たなかった。既存の人事制度や現場の教育体制では全く対応できないにもかかわらず、「もう少し長い目で見よう」と現場に無理を強いたのである。そして3年後。危惧されていた通り、T君の“業務外の”行動からあわや大惨事という重大な事件が発生してしまった。そのクライアントとの取引も停止である。それが冒頭の会話につながった。福田は「T君は若いのだから他で適した仕事は必ずあるはず。貴社では安全配慮義務が果たせないので辞めてもらったほうがお互いのためだ」とかねてよりアドバイスを申し上げていた。

なぜ、誰も悪意を持っていなかったのに、組織が崩壊の危機に瀕したのか。

本質は「『人を大切にする』という美辞麗句が、現場の悲鳴をかき消す最大のノイズになっている」ということだ。

これは単なるミスマッチの問題ではない。組織の歪みが完全に表面化し、もはや既存の枠組みや精神論では抑えきれなくなった「不協和」の典型例である。

「誰一人見捨てない」という耳障りのいい理念の影で、実際に血を流し、心を壊していたのは、現場で会社を支える心優しい社員たちだった。一人の極端なイレギュラーに対し、社長が「理念」を盾に思考停止に陥った結果、会社全体のシステムが機能不全を起こしたのである。

既存の制度で抑えきれない「不協和」が生じたとき、経営者が取るべき道は一つしかない。

それは、現実から目を逸らさず、組織のルールと限界線を明確に引き直すことである。能力不足や適性の不一致は誰のせいでもないが、既存のシステムで救えない存在を無理に抱え込むことは、全社員を巻き込む不幸でしかない。

美しい理念に逃げ込んではならない。現場のリアルな不協和音に耳を傾け、時に冷酷に見える現実的なメスを入れること。

本当の意味で「人を大切にする」とは、波風を立てないことではなく、組織全体の調和を守るために、社長自らが最大の摩擦を引き受けることである。

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