給与って下げられないんですよね?

給与は下げられないのか?

 ある会社に、S:10,000円、A:7,000円、B:5,000円、C:3,000円、D:0円、E:▲2,000円、という給与制度の昇給サンプルをご提示しました。

社長「先生、E評価で給与をマイナスしていますが、こんなことは法的にできるのですか?」
福田「仕組みがあれば下げることができます。貴社は人事評価制度がありますよね?」
社長「あります。これは懲戒処分などの減給のことですよね。」
福田「違います。懲戒処分の減給とは別です。仕組みがあれば人事評価によって下げることができます。」
社長「以前、顧問の社労士さんに、社員の合意がなければ給与は下げられないと聞きました。」
福田「それは貴社に仕組みがないからです。減額の仕組みがあれば、社員の合意は不要です。」
社長「そうなんですね。」

 こんなやりとりが続くことがあります。一般的に、「給与は下げることができない」と言われています。多くの企業は、給与というものは絶対に下げることができないと思い込んでおられます。もちろん、原則として下げることはできないという理解は正しいです。しかし、下げる仕組みがあれば下げることができます。問題は「下げる仕組み」とは何かということになります。

規定に「給与が下がることがある」程度ではダメ

 給与を下げる場合、会社は、給与を下げる「権限」を契約上、定めておく必要があります。契約上定めるというのは、給与規程に記載することです。そのときに、「人事評価によって給与を下げることがある」程度の記載では認められないことになります。なぜなら、給与減額は労働者にとってダメージが大きいので、恣意的に下げる理由や減額幅を決めることは「濫用」(権限があるといってもそれはやりすぎですよ)と言われてしまいます。しかし、多くの企業は「権限」さえ怪しいことがあります。この前、プライム市場に上場している大企業の規定を拝見しましたが、この会社の規定もかなり怪しいものでした。「権限」(規定)がなければ「濫用」の問題にいかないので、契約上の「権限」がペケならば、ホームベース3メートル手前でアウトとなるのです。

 権限規定があるといっても、濫用にならないように給与減額のルールを定めることが必要なのです。給与規程等の正式な就業規則に、「下げる理由」と「下げる幅」等を具体的に記載して、従業員の予見性を高めることが求められます。よくある失敗は、人事制度ハンドブックや人事制度説明会のパワーポイントなどはあって、給与規程には正式に「下げる理由」や「下げる幅」が一切記載されていない場合です。これではそもそも、規定に定められているとは言えないので、会社は給与を下げる「権限」を契約上取得していないとみなされる可能性が極めて高いです。

10%以上の減額はダメ、という法律上の根拠はありません

 よく、10%以上の減額はやめておいたほうが良いと言われます。弁護士さんもこのような指導をされる方が多いように思います。確かに一つの考え方ではあり、このラインでお考えになることは良いでしょう。しかし、バランスの問題なのです。たとえば、年収500万円の10%と、年収2,000万円の10%は、労働者に与える影響は異なるはずです。

下げることができないから上げられない

 賃上げ、賃上げと、賃上げ機運を維持しようと政府も必死です。最低賃金、新卒初任給も高騰しており、賃金が下がる要素は一切ありません。しかし、賃金はなかなか思い切って上げられないものです。賃金を上げられないのは下げられないからです。つまり、下げる仕組みがないからです。給与を下げる仕組みというのは、規程上の根拠「権限」と「濫用」と言われない、具体的なルールの設定です。加えて、最低限の人事評価制度を持っておく必要があります。簡単な評価項目の設定、複数人での評価、評価と給与の一定程度の関係性が大切です。

絶対に裁判で勝てるラインは目指さない

 訴訟したら絶対に負けるやり方を「黒」とします。訴訟したら絶対に勝てるやり方を「白」とします。この間に「グレー」があって、これは裁判官の気分で勝敗が決まる部分です。特に不利益変更問題はそうです。

 何でもそうですが、絶対に負けない、一切のリスクがないことをお望みなら、給与減額の仕組みとその運用はしないことです。なぜなら、真っ「白」を目指せば、目指すほど、経営の現場、労務の現場とは乖離し、複雑怪奇・運用のための運用になってしまうからです。

 目指すのは常にグレーです。まっとうな良識で判断するならありえる仕組みを目指します。65歳定年延長がさかんに叫ばれる時代です。そのような時代に一度上げた給与は一切下げられないと不都合があります。生活権を著しく侵害しない範囲で、一定の理由で給与が下がることもあるという仕組みがないとこれからやっていけないのではないでしょうか。

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