退職金制度廃止の実務

入社10年超、30歳前半で辞めるのが得?

 G社は製造業です。社長は3代目で一昨年、事業承継しました。ご多分に漏れず、若手の定着に難があります。勤続10年を超えると、グンと退職金の支給率があがっていました。新卒で入社、勤続12年で、退職金は約230万円でした。

 ある日のこと、若手社員の間で「ウチの会社は勤続10年経って30歳程度で辞めるのが一番得だ」と言ってると聞いて社長はショックを受けました。退職金は定着のための制度なのに、これでは離職の誘引ではないか、というのです。

 社長のおっしゃるとおり、これは人材流動化時代における単なる「転職奨励金」です。

先生、実は退職金制度辞めたいんですよね

 「先生、実は退職金制度辞めたいんですよね」この言葉は、後継社長(30代~40代)からよく聞かれるセリフです。この声は公になることはありませんが、福田には耳打ちされます。先代がつくった退職金、もう時代に合わないのではないか・・・という問題意識です。特に、新卒採用を行っている中小企業は、昨今の初任給高騰、賃上げ機運に息切れをしてきています。要するに、カネをどこから持ってくるのかという問題に、ほぼすべての中小企業が直面しています。

 特に退職金制度があるから会社に入る、という若手はいません。中小企業にやってくる人は残念ながら、数年経ったら、もっといいところ、やりたいところが見つかったら辞めようと本気で思っています。したがって、「今の働きには今報いて欲しい」「給与・賞与でさっさと下さい」というのが真の要望なのです。

退職金廃止の企業は増えているか

 では、後継社長の意向通り、先代がつくった退職金制度を廃止する事例が多いかと言えば、今のところほとんどありません。多くの企業が、やはり退職一時金は必要だというご認識なのです。しかし、1社、2社と具体的な話になりつつある企業様がでてきました。

退職金廃止+勤続手当+定年延長

 L社は社員80名の地方の中小企業(製造業)です。うち、外国人が10名います。この度、後継社長は退職金を廃止することを決定しました。まず、退職金廃止といっても、退職金廃止日以前の既得の退職金を無しにすることはできません。既得権保障が必要です。たとえば、既得権として保障される退職金が500万円であったとします。この500万円については、原則として1円もカットすることはできません。したがって、この500万円は、実際に退職したときには支払うこととします。

 しかし、退職金を廃止していなければ60歳定年で700万円もらえたとします。この場合、実際に定年まで勤めた社員にとって200万円損することになります。

 これは労働条件の不利益変更といって社員の個別合意なくできないことになります。もっとも、個別合意がなくとも合理性があれば労働条件の不利益変更が許容されます。したがって、社員に十分に説明のうえ、不利益変更に伴う代償措置を講じることが必要です。

 L社では十分な説明と以下の代償措置を講じることとしました。

 退職金廃止日の前日までの退職金は保障することを前提に、

 ①退職金廃止日以降、退職金前払勤続手当として毎月1万円を支給する。
  →実質1万円のベースアップ
 ②60歳定年を65歳に延長する。
 ③希望者は選択型401Kにより資産形成ができるようにする。
 ④(代償措置ではありませんが)新卒初任給を1.5万円増額する。
 ⑤65歳定年後も労働条件は変更するが希望者は70歳まで勤務できるようにする。

 L社は特に社員の反発もありませんでした。お祖父様が昭和30年代創設し、およそ60年間存続した退職金制度が廃止された瞬間でした。

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