賃上げ時代の待遇改善の優先順位は?

儲かっているわけではない時代の賃上げ

 最近のご相談は、「人が採れない、どうする?」「賃上げ、どうする?」が2大テーマです。特に、4月は昇給が多いので、「賃上げ」は労務面での最大の関心事と言えます。大手は軒並み新卒初任給を上げ、それに伴い賃金ベースを上げています。故に、新卒採用をやっている中堅・中小企業も上げざるを得ません。新卒初任給を上げても、在籍者と逆転させるわけにはいきませんので、在籍者のベースを上げておく必要があります。しかし、そのようなベースアップを実施していると、賃金原資がいくらあっても足りません。特に、中小企業は儲かっているからベースを上げているのではなく、人手不足の人材獲得競争・離職防止のための賃上げをしているに過ぎないからです。

待遇改善には優先順位がある

 待遇改善と言っても、優先順位があると思います。特に、大手ほど収益性・安定性が低い中小企業は、その配分を慎重に検討していくことになります。

その① パート時給アップ・社会保険料原資
その② 若手の初任給増と若手の傾斜配分的賃上げ
その③ キーマンの賃上げ
その④ 幹部陣の年俸引き上げ
その⑤ 全体的な賞与の増額
その⑥ 退職金の掛け金の引き上げ(公開された退職金規程がある場合に限る)
その⑦ 中高年の給与の引き上げ

その① パート時給アップ・社会保険料原資

 岸田総理は、最低賃金の全国加重平均を、2022年の961円から、2023年に1,000円へ上げる目標を示しました。これが実現すると、過去最大の上げ幅になります。まず今年、この関連の賃上げ原資が必要です。
 2024年には、従業員51人以上(カウント要件有り)の会社にも週20時間以上勤務のパートが社会保険加入を義務付けられるので、このコストの算出も必要です。
 これらは法律なので、抗いようがありません。

その② 若手の初任給増と若手の傾斜配分的賃上げ

 これは先に述べたように、若手の初任給引き上げとそれに伴う在籍者の賃上げです。全体を一律に上げる「ベースアップ」はできませんので、若手の年齢順の傾斜配分的賃上げをするしかありません。
 多くの会社が30歳代前後以下の若手を取り合っています。ですから、採用時の初任給にこだわる必要があります。

その③ キーマンの賃上げ

 業界のその層の相場を研究することです。若手でなくとも、30歳代後半~40歳代であってもキーマンは注視する必要があります。ここは経営者もよくわかっていて抜かりはないとは思いますが、たまに、中途採用で入ってきて、意外と使いものになって会社は期待している一方、その分の賃金是正(大幅アップ)が追いついていない会社もあります。
 会社というのは、全社一丸、1人の100歩より、100人の1歩が重要であることは事実です。しかし、それを牽引するリーダー、キーマンの重要性を忘れてはなりません。
 このキーマンとは、今はそんなに目立たないが将来的に大きな影響がある、経営者が期待したい次世代の幹部候補であることが多いのです。

その④ 幹部陣の年俸引き上げ

 中小企業は幹部で決まります。幹部の質と量、幹部が経営者と一枚岩かどうかが重要です。そのほかはコロコロと入れ替わります。幹部との信頼感を高めるために、処遇改善は重要なのです。

その⑤ 全体的な賞与の増額

 固定費をいかに抑えるか、変動化するかを、経営者はいつも考えています。インフレで生活が苦しいといっても、相場以上に賃金を上げると、もう下げることはできません。若手は給与を賃上げし(やむを得ません)、中高年は査定を行い、人によって賞与で処遇改善をすることが原則です。

その⑥ 退職金の掛け金の引き上げ(公開された退職金規程がある場合に限る)

 退職給付債務を正確に計算していない中小企業があまりにも多いです。税理士も、決算書にのらない簿外債務ですから眼中にないのでしょう。しかし、退職金が払えないと、経営が苦しいときにリストラもできないのです。会社を潰して退職金を規程通りに払えないと、労働基準法違反の刑事罰になることもあります。規程の通りに払えるようにしておく。これが経営者の責任です。
 このような過程を通じて、退職金のために掛けている保険が適切かどうかを検証するのです。

その⑦ 中高年の給与の引き上げ

 上記がしっかり行えてはじめて、中高年の給与の引き上げを行うことができます。①~⑥を実施した後に、果たして数千円~万円単位のベアを中高年の社員に払う余裕があるかをしっかり検証すべきだと思います。
 ところが、今年の賃上げの特徴は、ライバル会社・近隣企業の凄まじいベースアップ情報が入ってきて、恐怖感にもかられて、中長期的なことはさておき、賃上げをやるしかない、そんな興奮状態も感じ取れる今日このごろです。

2024年もこの賃上げ機運は続くのか?

 来年は、今年と同じようには上げることは難しい中堅・中小企業が大半です。景気も極めて悪くなっていきます。しかし、金融機関が潰れるので、潰れるべきゾンビ企業もなかなか潰せません。金融機関のバランスシートは特にひどいですね。金融緩和後のバブル崩壊直前です。

 その結果、生産性の高い分野に労働移動が進まず、若手やパートを中心とした「人手不足」は続きます。したがって、2024年も賃上傾向は続くと予想します。

 もっとも、多くの収益の上がっていない中小企業・零細企業が、この人材獲得競争において、脱落していくでしょう。

 一人当たりの労務コストが劇的に割高になる一方で、労働生産性は上がらない構造になります。

 したがって、退職者が出ても欠員が補充できない(しない)前提で、今いる人の賃金を20%上げて、頭数は20%減る(減らす)覚悟が必要でしょう。

 近き者を喜ばせれば、遠くから福来る、労務で言えば、今いる社員を大切にすれば、それが求心力となって結果として良い人材の採用もうまくいくはずです。

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