家族手当・住宅手当は必要ですか?

(給与は付加価値に対する貢献度に対する分配であるが・・)

 給与は会社が稼いだ付加価値(粗利益)から分配されるものです。ならば、給与は付加価値に対する「貢献度」に応じて支払われるということには異存はないはずです。この原則を無視すると企業運営は難しくなるでしょう。では、貢献度とは何か?と言えば、企業によってそのモノサシはマチマチで、「年功」がベースになっていたり、その職務(前職を含む)での「キャリア・経験」がベースになっていたり、その会社での「勤続(習熟)」がベースになっていたりします。そのよう中で、「なぜ当社では家族手当・住宅手当を支給する必要があるのか?」が問われています。

(何に給与を払うかを決める)

 給与は付加価値への貢献度に対する分配であると述べました。私たちが再考すべきは、「どういう形の分配が公平か」です。給与というのは会社が上げた付加価値を社員に「公平に分配する」こと以外に意味を見つけるのは困難です。「公平」の一番簡単な方法は人数で割っていくことでしょうけど、そのようなことをすれば、「働いても、働かなくても」給与は変わらないことになります。また、家族手当があまりにも高額な会社においては「働かなくても、結婚して子づくりに励んだとき」に多めに分配がいくでしょう。そんなことを経営者が望んでいるわけはありません。

(公平・公正を追い求めたとき、最もありえる給与体系は?)

 まず、原理原則を考えてみたいと思います。会社への貢献の有無という基本の考え方にどのような要素を加えるか、について意見集約するとおおむね以下のようなものに落ち着くでしょう。

基本給=生活保障給の底上げの意味で、勤続年数によって支払う給与

能力給=能力がありながら、職場環境(同僚、上司、配属された店舗等)によって業績が上がらないこともあるので、職務の遂行能力に対して支払う給与

役職給=部下を持つ、責任の範囲が広がる労苦や時間外手当見合い分として支払う給与

時間給=いわゆる所定労働時間の労務提供に伴う労苦や拘束に支払う残業代

業績給=いわゆる一定期間の査定における業績への貢献度合いによって支払う賞与・歩合等

ということで公平な分配というロジックを展開していけば、家族手当や住宅手当などの話は一切出ません。もちろん、会社によっては、資格に対する手当や勤務モラルを上げるための皆勤手当など上記でカバーできないものを諸手当でカバーすることはありえますが、会社が給与は何に払われるべきか?を真剣に考えたとき、競争力を維持し、会社を存続させるための分配とは上記のような給与体系が中核とならざるを得ないと思います。

(昇給はなぜ行うのか?)

 手当の付与・増額は社員からすれば手取りがアップしますので、昇給と同一です。ではソモソモ昇給はなぜ行うのでしょうか?筆者はズバリ「リテンション=引き止め」のために行うのだと申し上げたい。

 社員に報いたい、世間相場以上に出してやりたい、経営者の思いやりで昇給する、もちろんそうであることも否定しません。モチベーションを上げるために昇給する、これも正しいと思いますが、モチベーションが上がるのは2週間程度です。昇給した分の給与は当人にとっては”当たり前”になります。

 そのような状況下で昇給はなぜ行うのか?昇給はモチベーションを上げるために行うのではなく、私は敢えて「(居てほしい人材の)引き止めのために行う」だと主張します。経営において必要な昇給は絶対に必要なのです。昇給ができないときに、経営者は胃が痛くなります。社員の士気が下がるかもしれない、会社に対する不信感を抱くかもしれない、せこい社長と思われるかもしれない・・・等々不安がよぎります。でも、経営者にとって最大最悪の事態は、昇給すべき人にタイムリーかつ適切な額を昇給せず、辞めて欲しくない人材が辞めてしまうことなのです。中小企業経営者なら一度はこの苦い経験をしているはずです。このような事態が起こったときには後悔してもしきれないのです。逆に言えば、中小企業においては、きつい言い方ですが、いてももらいたくない人、いてもいなくても良い人には昇給しないことになります。

(家族手当廃止は正解だったのか? 悩める株式会社S社のケース)

 株式会社S社は社員数80名の卸売業。新卒採用を継続的に行ってきたため、20代・30代の社員の割合が多い企業であった。そんなS社で数年前、大手企業出身の3代目のS社長が給与改革を行った。金融機関からの紹介でコンサルタントを入れて抜本的な見直しを行った。その一つに家族手当の全面廃止があった。S社では従来から「家族持ちには手厚く報いたい」という先代社長からの方針があったのだが、成長著しい若手や役職昇進者への昇給原資の確保が困難となりつつあったことから、廃止が決められた。3代目のS社長の方針は優秀な人材には今まで以上の手厚く報いたいというものであった。

 S社長には最近悩みがあった。入社5年程度の辞めてほしくない若手社員が立て続けて辞めてしまうことだった。

退職を申し出た若手社員の田中君(29歳)は以下のように言った。

「来年結婚します。ココだけの話ですが、”できちゃった婚”です(笑)。ウチは家族手当もないし、結婚した場合、いまの給与では苦しいので辞めてさせていただきます」とのこと。

S社長は引き止めたが、どこまで真剣に考えているか不明な田中君にはのれんに腕押しだった。S社長の頭の中にいろいろな考えが駆け巡った。

「田中君は確かにA評価の社員ではない、B+程度の社員だ。ウチの評価制度は定期昇給を廃した昇格昇給制度で、S、A、B+、B、B-、C、Dの7段階の評定により昇格の有無を決めている。 S、Aの人は順調に昇格昇給が実施されるが、B+、B、B-の平均近くをウロウロすると昇格がやや遅れてしまうのが現実だ。田中君は人柄も良く残ってほしい人物で、今後の成長に期待したい社員であることは間違いない。新卒で採用して30歳前後で退職されるのが一番痛い。今年で3人目か。これからのというときに・・・。もう少し辛抱してくれていたら昇格昇給していたのにな・・・。」

「S評価やA評価の社員は以前の給与制度より、急ピッチでアップする。コンサルタントにそのように設計を依頼した。でも、改善すべき点は目立たないB評価付近の社員の給与アップだろうな・・・」

「いや待て! B評価の社員までドンドン給与を上げていると優秀な社員にまわす給与原資がなくなるじゃないか。今やっている給与制度で間違いないはずだ、きっと!」

「しかし、・・・」

(中小企業は大手企業のモノマネをしてはいけない)

 大手企業も、人事給与体系を大幅に変更した企業が多いようです。家族手当・住宅手当を廃止したなどの話を聞くことも多くあります。先に述べたように給与は何に対して支払われるか?というロジックを突き詰めていくとそうなります。たとえば、大手企業の給与明細は「基本給」「役割給」「通勤手当」以上、終わり―というものです。基本給は年齢・勤続で上がるが一定のところで頭打ち、あとは本人に課される役割とその役割での成果が査定され、役割給で昇給が行われるというイメージです。つまり、役割給のアップがないと給与は上がらないわけです。

先のS社の事例から学べることは何でしょうか?

その① 大手企業と中小企業はソモソモ給与水準が違う

 大手企業と中小企業ではソモソモ給与水準が異なります。大手企業が家族手当を廃止しても、必要な昇給がしっかりとシステムとしてなされますから、それほど影響がありません。一方、中小企業はもともと給与のベースが低いのです。昇給もあるときもあれば、ないときもあったりします。また、将来自分の給与がどうなるのか?について必ずしも明確な給与体系が完備していない会社も多いのです。つまり、中小企業においては、もともと低い給与ベースを底上げするために家族手当や住宅手当が使われていたというのが実情なのです。

その② 中小企業には選別のための人事給与はそぐわない

 Sクラス、Aクラス社員に手厚く報いる、この方向は正しいと思います。しかし、会社を支えているのは「262の法則」の真ん中の6割であるという理屈もあります。262の真ん中の6の中にも”さらに”262で能力ランクが分かれていきます。この真ん中の6にも2の上位層が存在するというわけです。ココは目立ちませんが会社にとっては重要な層です。先にご紹介した福田商事の沢村君もこの層に属する人物といえます。大手企業なら潤沢な人材から選別して給与を引き上げ、昇進昇格させるという人事システムは成立しますが、中小企業でそれをやると人材がいなくなります。現有勢力でどう戦うか?これが中小企業の組織人事の要諦なのです。

 先日、あるクライアント企業の社長と話をしていたときに、「10年前は寝ていたような人物だったが、いまスター選手のように活躍している」とのことで、こういう大器晩成型の社員もいるのです。

その③ 現在の給与問題の中核はBクラス社員の若手の昇給である

 超少子高齢化時代においては、マーケットは若手を重視します。60歳以上はごろごろいるが、20代・30代前半の有能な若手はありとあらゆる手段を尽くして、入社してもらい、定着してもらいたいのです。「若い」というだけで価値のある時代になってきて、そうであるなら、何等かのかたちで若手のベースアップをする必要性が生じている中小企業が少なくありません。つまり、Bクラス社員の給与の底上げです。

(それで、家族手当は必要か?)

 家族手当は必要ですか?という問いに対して、私は「家族手当について以下の2つのロジックがあります。どちらも正しいです。私は正解を有していません。」とお答えしています。なぜなら、業種業態・社歴・社風・経営者の考え方によって本当に答えはないからです。

【家族手当廃止論】

給与は付加価値から分配される

      ↓

付加価値への貢献度によって給与が決められるべきだ

      ↓

家族手当・住宅手当は廃止・縮小するべきだ

【家族手当存続論】

B評価の社員の昇給額が低い。

      ↓

社員(特に若手)を引き止める給与底上げが必要だ

      ↓

家族がいたらそのニーズが高いはずだ

      ↓

家族手当・住宅手当は存続すべきだ

 ご相談の場でも、同じ話をしても全く意見が分かれ、廃止に向かう会社もあれば存続させる会社もあります。その意思決定な傾向としては以下のようなものです。

・家族手当が元々ない会社は家族手当を新設する会社はまずない。

・家族手当が存在する会社は全面廃止という会社は少ない。支給基準や金額の見直しなどはありえる。

・製造業・卸売業は家族手当が存続するケースが多い。

・小売業は存続・廃止が真っ二つに分かれる。

・サービス業・飲食業は家族手当がない会社のほうが多い。

 つまり、元来、家族手当がある会社は全面廃止はしにくい、ただ、あまりにもその金額が高額であったり、支給基準が不合理であれば間違いなく見直しの対象となる―ということです。”一応ある”ことが望ましい、という傾向でしょうか。

 繰り返しますが、給与を上げるのはやる気を高めるのではなく、「辞めてほしくない人の引き止め」のためです。公正・公平に給与決定したとしても、それが実現できなければ何の意味もありません。公正・公平な給与決定は目的ではなく、人材マネジメント上の手段でしかありません。私たちが問うべきは、公正・公平な給与決定ではなく、付加価値に貢献する人材を定着させ、志気を維持させ、そうでない人は自然と辞めていく給与決定をいかに実践するかです。

 社長も社員も人間で、感情で動いてます。ロジックによる制度・システムが人の行動を変える一方で、感情や無意識のレベルで人は行動を変えます。中小企業は人の顔が見える労務管理を展開しています。人間関係がマネジメントのベースになっています。情のマネジメントが横行しています。これも大手企業との大きな違いです。オーナー社長は社員の結婚式に呼ばれます。家族の顔も見ます。社員の幸せを願う一方、昨今の昇給状況はパッとしないわけです。「この給与では生活は苦しいだろうな・・」、そんなとき社長の感情がざわめきます。そのような中小企業においては過大になってはいけませんが、家族手当・住宅手当を”一応つける”ことはそれほど不合理なことではないように思えてくるのですが、皆様はいかがでしょうか。  

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